2008年9月10日 (水)

行けなかった風の盆

風の盆でお世話になるはずだった先輩のSさんへのメール

”先日は本当にドタキャンで申し訳ありませんでした。
人生初のドタキャンが風の盆だったのは残念です。
前日から調子が悪かったのですが、当日になってもよくならず、H が
”S
さんに迷惑をかけるといけないから・・と申しますので、やむなく
やめることにいたしました。だんだん調子が戻ってきているようですので、
やはり夏バテからきているものだったようです。

今年の風の盆はいかがでしたか?どなたが参加なされたのでしょうか。
HはMさんとお約束をしていたらしいのですが、私の都合で不義理を
してしまいました。本当にごめんなさい!です!
考えてみればSさんの顔を見るのは何も風の盆でなくてもいいのですよね。
機会があったらふらっと立ち寄りたいと思っています。
素敵な奥様にもお目にかかれなくて残念でした。くれぐれもよろしくお伝え下さい!”

Sさんから早速メールの返事がありました。今年の風の盆での楽しい様子が詳しく書かれていました。昔から包容力のある心配りの細やかなそしてとてもユーモアのある方でしたが、今も変わってはいないようです。

”昔からきれいな方はどうして体が弱いんでしょうね、
T代さんはYさんのころから、あまり強くなくて心配でした。

今年の風の盆は、男5人水入らずでおおはしゃぎしてしまいました。
T、I、M、S、
2時ころSが来ました。去年からこの日を楽しみに休みなく働いていたそうです。
食品会社の社長、風の盆が終ったらまっすぐ東南アジアに買い付け出張だそうです。
来年は3度目の奥さんを連れてくると約束しました。
3時半の飛行機でMが到着、Sも連れて迎えに出ました。あれ、H夫妻は?と
事情を聞いてMが驚いていました。その足で八尾駅に向かい、Iをピックアッ
プ、
家に帰ると、Tを待たずにビールを飲みたいとIが言うので、だれも反対は
しませんでした。
5時半、予定通りTが来て盛り上がりました。
例によって、Mは鋭い世界評論をはき、Tは高尚な趣味と学問の話、
ことごとく愚痴るIをSが冷やかし、私はIを慰めて、
8時ころから町に出て、風の盆を見物しました。
帰ってきて私の店で一杯飲んで、12時すぎにお休みしました。

Photo 翌日は立山のふもと称名の滝を見に行きました。滝の周りは雨が降っていました。
着るものが濡れたので家に帰り着替え、昼はラーメンを食べました。
Sが食ったチャーシュー麺は1センチを越える厚さのチャーシューが6枚も入っていて、若さを見せようと全部食ったSはさすがに気持ち悪くなっていた
ようです。その後面白い工場見学、Mを飛行場に送って、富山の薬屋さんの資料館を見学、夕方家に帰りました。近くの温泉に入って帰ったが、雨が降ってきて本日の風の盆は中止、遅くなって夕食に回転寿司、富山の回転寿司はとても美味しい。
家に帰って、また一杯飲んでいたが、年長の私とTは疲れて寝てしまった。
Iはいつまでも愚痴をいいながら飲んでいたそうだ、つきあってくれたSが
そう言っていた。
何をしゃべったか、それぞれの奥さんとのなれ初めを、こと細かくしゃべった
そうです。聞けずに残念。でも私はあとで、店でお付き合いしていた私の奥さん
から詳しく聞きました。

みんな、また来年の風の盆での再会を約束して帰りました。
T代さん、いつでも二人でいらっしゃい、今は毎月風の盆の舞台を見せています。
来れそうになったら、連絡ください。いい日にちを決めてあげます。S”

(写真は称名の滝での記念写真、みんな頭やお腹に変化が見られます・・ちなみにSさんのメールの冒頭の言葉はほんのリップサービスです(゚ー゚;)

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2008年7月19日 (土)

義母からのピアノ/スタイン バッハ

Photo ピアノを教えていた義母がまだまだ元気だった頃、とんと音楽に興味のない息子や嫁にではなく孫たちがピアノをやるのなら、といって譲ってくれたドイツ製のピアノ。その孫たちもはやばやと落伍し、長い間申し訳程度の調律だけをして眠っていたピアノを今度は曽孫にあたる3才のあーたんが始めることになりました。それならばと、1日半かけてクリーニングや内部の調整をしてもらいました。音楽に素養のない私は”スタインウエイなら知っているけれど、スタインバッハなんてしらないなあ”と少々軽くみていたのですが、きていただいた熟練調律師がおっしゃるには”このピアノはですね、博物館にあってもいいようなものですよ。スタインバッハというピアノで今日本に流通しているものは浜松で作られている日本製のもので、本物の西ドイツ製のものは非常に少ないのです。これは本物の本物・・大事に末永く使ってください。”といわれびっくりしてしまいました。”豚に真珠””猫に小判”とはこのことですね。改めて娘と大切に手入れしながら使っていこうね、と話し合った次第です。

写真はまだ習い始めて間もないあーたんが絵音符をみて指の練習中。足置きがないので、水入り箱を臨時に足置きにしています。Img_1552 ピアノの両端にはこのように彫刻もなされています。もちろん鍵盤は象牙製。

そんなに由緒あるものとは知らず、粗末に扱ってきてピアノさんごめんなさいね。これからその分も大切に扱いますから・・

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2008年7月15日 (火)

映画 ”山桜”

1006717_01

藤沢周平原作の映画というと新聞広告を見たときから、行きたい、行きたい・・ところが、これがなかなか出られない。誰かと約束していついつと決まっていると心が決まるのだが、自分だけのことになると、家事に追われて”今日はもういいか・・”そんな境遇の二人が意気投合してやっと土曜日にはるか港南台まで電車に揺られ行ってきました。おそらく100名も入らない小さな映画館。観客もほんの30名ほどと家で大型のテレビを観ているような雰囲気。

ほぼ予想はしていましたが、起伏の余りない、静かに物語が進んでいく映画です。それはそれでいいのですが、そして美しく咲く山桜はまことに見事なものですが、山田洋次監督の藤沢周平三部作や蝉しぐれに比べると私には胸に迫るものがもうひとつ欠けているような気がしました。感情移入が人一倍激しい私は人の泣かないところで、台詞ひとつに心が震え、涙を流す人なのですが、珍しや、珍しや、用意したハンカチは手に持っているだけで出番ナシ!飢餓に苦しむ農民の姿や悪徳重臣の悪徳ぶりにももうひとつ重々しさと悪徳ぶりに深みがない。ただ、手塚弥一郎役の東山紀之は適役。殺陣も非常に綺麗で、ビジュアル的にもいい感じです。台詞の極端に少ない役柄ですが、私は彼に心を揺さぶる台詞をひとつやふたつしゃべって欲しかった・・

この映画の一番残念なところはエンディングに入る、歌。雰囲気が映画に合っていないことこの上なく、この挿入歌で映画が安っぽくなりました。とくに歌の途中で入る台詞の内容にはがっかりです。採点すれば、100点満点中、70点というところかな・・

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2008年5月18日 (日)

”風の盆”へのいざない

Photo 越中富山の八尾といえば、近年”風の盆”で余りにも有名ですが、多分それは高橋治氏の小説、”風の盆恋歌”が世に出、そしてそれが佐久間良子と高橋幸治でドラマ化されてそのロマンチィックな恋愛模様が人気を呼んだせいもあるのでしょう。ごたぶんにもれず私も小説を読み、水の流れる町並み、おわらの哀愁を帯びた調べ、そして踊りに憧れを抱き続けていました。そんな八尾に移住し、第二の人生を謳歌している大学のクラブの先輩から”年に一度のクラブ仲間の逢瀬”への招待状がメールで今年も届きました。大学のクラブといっても私は女子大でしたから、男性は合同でクラブ活動をしていたお隣の大学の学生です。残念ながら小説の女主人公のえり子のように八尾で再会したいような人はいませんが、それでも若きころの仲間と旧交を温めるのはうれしいものです。

今年は前夜祭の8月27日、28日が先輩の都合が良いとのことで、召集がかかりました。風の盆に出かける人の苦労する宿泊も面倒をみてくださるらしい。きっと学生時代の合宿のような趣になるのでしょう。来年のことはわからないので、今年は思い切って夫婦で参加することに決めました。近頃とみに体力の低下を感じる二人のこと、踊りについてどこまで歩けるのかわかりませんが、それなりに風の盆の雰囲気を味わってきたいと思っています。

それまでにもう一度”風の盆恋歌”を読み返してみようと思います。

掲載の絵は先輩S氏の作品”おわら” 私は彼の絵の白がとても好きです。

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2008年5月13日 (火)

母の日の百合

Img_1453 今年も娘から母の日のプレゼントが届きました!台風の接近の影響とかで、北風が吹き、数日前の暖かさとは裏腹の寒い日が続いたせいかお花屋さんの計算が狂い、母の日には開花が間に合いませんでした。二日遅れの13日朝に一輪目が見事に開花。毎年花の種類を変えてくれる娘ですが、今年は黄色い百合。プロムナードという品種だそうです。たった一輪でも馥郁たる香りを漂わせています。その凛とした風情は”歩く姿は百合の花”と美人にたとえられただけのことはあります。これから2週間ほどは花をつぎつぎと楽しむことができそうです。

毎年忘れずに花を届けてくれる娘に感謝です!

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2008年5月12日 (月)

惜別

「岡田さん、亡くなっちゃたんですよ」と呉服部の担当者から知らされたとき、私には決して青天の霹靂ではありませんでした。岡田さんとは京都の帯問屋”岩田”の大番頭さん。本格的に着物に親しむようになってから12,3年の間ずっと帯でお世話になってきた本物の目利きのベテラン番頭さんです。昨年の12月頃からなんとなく体調が悪いらしいな、と気になりだし、1月にお会いしたときはいつものようにきちんとスーツを着てしゃっきりたっていらしたのですが、声が弱々しいのが気になっていました。しかし、2月19日の上品会でお会いしたときは活き活きとしていつものように帯の薀蓄を私たちに披露してくださり、帰るときにはにこやかに頭を下げて送ってくださったのです。そしてそれが元気な彼の姿を見た最後になりました。ずばり、と本当のことを言う人で人によっては苦手という人もいたと思いますし、彼も好き嫌いがはっきりした人だったとは思いますが、なぜか私たちにはとてもよくしてくださって、彼のおかげで本当に良い帯をお安く手に入れることができました。帯と仕事が好きで、入院してからも”今度の展示会は出られないのでよろしく”とか”4月7日の京都行きは無理のようで申し訳ない”とか、担当者に電話で断りが入ったとのこと。最後まで仕事に生きた人だったようです。そして3月に検査入院といって入院されたままその1ヵ月後の4月末に彼岸に旅立たれたのでした。病名は癌、享年68歳。

入院されるまでの数ヶ月、本当に辛かったでしょうに、帯のこととなると目が耀き、私たちが展示会に出向くといつの間にかそばにきていろいろ説明したり、冗談を言って笑わせたりしてくださった素敵な仕事人でした。いつか彼の国へ私たちが行ったときにはまた岡田さんに帯を選んでいただきますからそれまであちらで元気でいてくださいね。いつかのときのあのすごい帯のようにうんとお安く素敵な帯をゆずってくださいね。 合掌 !

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2008年4月28日 (月)

牡丹 爛漫

Botan1何事も育てることが下手な私ですが、牡丹だけは奇跡的に毎年美しい花を見せてくれます。今年は春が遅く昨年に比べて開花がずいぶん遅れるのではないかと懸念していましたが、意外や意外、昨年、一昨年より遅れることたった一日。4月の23日には大振りのそれでいて愛らしい蕾から鮮やかな牡丹色を覗かせてくれました。 そして昨年は三輪だったのですが、今年は九つも花芽がつきそのうち六つが大きな蕾になりました。

  Botan2img_1377Botan4月24日の花  一輪が私の手の大きさぐらいになるようで20cm近くあるようです。

Botan3_3Botan4_2 4月28日の花 六輪とも満開に咲き誇っています。そしてその全てが20cm近くの花になりました。競って咲き出したつつじの花と我が家の庭を  春らしく演出してくれています。 来年はこのとなりに白かピンクの牡丹を並べて咲かせたいのですが、怠け者の主のこと実現は微妙です。                                     

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2008年3月 3日 (月)

伊勢神宮/内宮

Isuzugawanite 内宮は皇大神宮(こうたいじんぐう)と呼ばれ天照大神が祀られています。皇室の御祖神ということです。ここが神宮参りの本命なのでしょう、外宮に比べるとかなりにぎわっていました。時期が時期ですから卒業旅行らしい若い人たちも多く見うけられます。写真は内宮内を流れている五十鈴川縁。昔はここで手を洗って身を清めて参拝していたのだそうです。大きな鯉が悠々と泳いでいる澄んだ水でした。Photo_2

右の写真は正宮へ登る石段で、これはかなり上ることになります。石段を登りきって正宮の前に出るとさすがに厳かな空気が漂い、身の引き締まる思いがします。Photo_3 また正宮のすぐ左隣にあるこの敷地は二十年ごとに神殿の建て替えをするための敷地とのこと。これは延々1300年にわたって行われており、第六十二回式年遷宮は平成25年に行われるということです。1300年間にわたってきっちりと行われてきたとは考えてみるとすごいことですね。

Img_12691 一応仏教徒ということになっている私も社務所で式年遷宮に奉賛してきました。本当に気持ちだけの少額なのですが、このような感謝の言葉と25年秋の遷宮祭への特別参宮章をいただきました。

ここ伊勢神宮では普段味わえない厳かなものを味わうことができ、良い経験をしたと思います。

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2008年3月 2日 (日)

伊勢神宮へ/外宮

Photo 翌27日は生まれてはじめてのお伊勢参りに出かけました。せっかく名古屋まで出かけてきたのだから、と計画したものです。我が家の宗教は一応は仏教となっていますが、決して敬虔な信者ではありません。まあ感覚としては葬式のための宗教といえると思うのですが、私自身としては神や仏というものは心の問題だと思っているので神道の総本家(神宮は神社本庁の本宗(ほんそう)というそうです)ともいえる伊勢神宮に参拝することにまったく違和感はありません。東海地方の出身ながらあまり外に出たがらない内気な性格だったせいか、名古屋から近鉄に乗れば簡単に行けるのに訪れたことがないのです。写真は伊勢の駅から見た参道風景。ここからほんの600メートルくらいでまずは外宮へ参拝できます。Photo伊勢は鈴鹿おろしで有名ですが、この日は寒いというより冷たい日でした。

外宮には豊受大神(とようけおおみかみ)が祀られています。写真はその正宮。寒い中、正宮前で記念写真を撮る人たちが多く見られました。ぐるりと廻って1kmぐらいだそうですが、本当は伊勢神宮は120以上宮があるそうで、とても全部は廻ることができません。信心深い人は多分毎年少しずつ廻ってお参りするのでしょう。尾篭な話ですが、年齢を重ねるに連れて不便になってきたことといえば、お手洗いが近くなったこと。神宮の中に入るとお手洗いはありませんので、外宮を参拝し終えてからバスを待つ間にお手洗いに走ったら、その間に二台いってしまいました。結局は寒くて次のバスまで我慢がならずタクシーで内宮に向かいました。

(写真の正宮の前にある大木に巻いてあるものはよくある害虫駆除のためのものではありません。竹を割ったものがしっかり巻きつけてあるので不審に思い管理の人に尋ねましたら、参拝者が木の皮をはいでいくのだそうで、害虫ならぬ人間避けなのだそうです。そんなことをする人は参拝する資格が無いと思うのですが、どこまでいっても非常識な人がいるものですね)

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2008年3月 1日 (土)

友を見舞って・・

うん十年前、中学入試の当日に知りあってからの長い長いお付き合いの友人が暮れに大腸がんの手術をしたとのこと。昨年の7月の同窓会の時にあったときはそんな気配はまったくなかったのにと本当にびっくりしました。昨年末から若い友人を癌でなくしたり、友人の兄上がなくなったり、叔母が亡くなったりと私の周りでは不幸が続き、時の流れとはかなさを切実に感じていたこともあって故郷に住む友人を見舞うことにしました。会いたい人には会えるときに会っておこう、というのがこれからの私の人生のモットーです。ついで参りはいけないと聞きますが、そこはちょっと無視して、父の墓参りもかねています。名古屋近郊の盆地にある我が故郷は寒くて暑いところですから、今の時期は北海道へ行くにもこれ以上は・・という厳寒仕様の出で立ちで出かけました。2月26日のことです。

はたして当日の名古屋地方の天気は霙から雪へsnow ひとりで乗る中央西線は久し振り。見舞うことになっている友人とはこの線で中学から高校まで6年間通ったのですが、すっかり近代化され昔は1時間半近くかかった乗車時間も40分ほどに短縮されていました。雪がはらはらと落ちる中、父の墓参を済ませ、迎えにきてくれた友人の車で彼女の自宅へ。ほんの二ヶ月ほど前にお臍の上から下腹部まで開腹する大手術を受けたとは思えない元気さでまずはほっと一安心。我が家とは大違いの綺麗に整頓された居間の炬燵に入って、新横浜駅で買い求めた駅弁をふたりでつつきながら懐かしい時間を過ごしました。本当はもうひとり参加するはずだったのですが、急なめまいで大事をとって当日は欠席。ほんとうに年齢を重ねると計画どおりには行かなくなるものです。4時過ぎまで楽しい時間を過ごし、またなつかしの中央線に乗って名古屋まで引き返しました。翌日はお伊勢参りの予定です。

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